。あたかもその日千々岩は手紙を寄せて、明日《あす》山木の宴会に会いたしといい越したり。
その顔だに見ば、問うべき事を問い、言うべき事を言いて早帰らんと思いし千々岩は来たらず、しきりに波立つ胸の不平を葉巻の煙《けぶり》に吐きもて、武男は崖道《がけみち》を上り、明竹《みんちく》の小藪《こやぶ》を回り、常春藤《ふゆつた》の陰に立つ四阿《あずまや》を見て、しばし腰をおろせる時、横手のわき道に駒下駄《こまげた》の音して、はたと豊子《とよこ》と顔見合わせつ。見れば高島田、松竹梅の裾《すそ》模様ある藤色縮緬《ふじいろちりめん》の三|枚襲《まいがさね》、きらびやかなる服装せるほどますます隙《すき》のあらわれて、笑止とも自らは思わぬなるべし。その細き目をばいとど細うして、
「ここにいらっしたわ」
三十サンチ巨砲の的には立つとも、思いがけなき敵の襲来に冷やりとせし武男は、渋面作りてそこそこに兵を収めて逃げんとするを、あわてて追っかけ
「あなた」
「何です?」
「おとっさんが御案内して庭をお見せ申せってそう言いますから」
「案内? 案内はいらんです」
「だって」
「僕は一人《ひとり》で歩く
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