にかえしそのおりなどは、まだ「お嬢様、おやすくお伴《とも》いたしましょう」と見当違いの車夫《くるまや》に言われて、召使いの者に奥様と呼びかけられて返事にたゆとう事はなきようになれば、花嫁の心もまず少しは落ちつきて、初々《ういうい》しさ恥ずかしさの狭霧《さぎり》に朦朧《ぼいやり》とせしあたりのようすもようよう目に分《わか》たるるようになりぬ。
 家ごとに変わるは家風、御身《おんみ》には言って聞かすまでもなけれど、構えて実家《さと》を背負うて先方《さき》へ行きたもうな、片岡浪は今日限り亡くなって今よりは川島浪よりほかになきを忘るるな。とはや晴れの衣装着て馬車に乗らんとする前に父の書斎に呼ばれてねんごろに言い聞かされしを忘れしにはあらねど、さて来て見れば、家風の相違も大抵の事にはあらざりけり。
 資産《しんだい》はむしろ実家《さと》にも優《まさ》りたらんか。新華族のなかにはまず屈指《ゆびおり》といわるるだけ、武男の父が久しく県令知事務めたる間《ま》に積みし財《たから》は鉅万《きょまん》に上りぬ。さりながら実家《さと》にては、父中将の名声|海内《かいだい》に噪《さわ》ぎ、今は予備におれど交際広
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