入らんとする時、他の一人は入り来たりて小腰を屈《かが》めたり。
 「何か」
 「山木様とおっしゃいます方が――」
 言《こと》終わらざるに、一種の冷笑は不平と相半ばして面積広き未亡人の顔をおおいぬ。実を言えば去年の秋お豊《とよ》が逃げ帰りたる以後はおのずから山木の足も遠かりき。山木は去年このかたの戦争に幾万の利を占めける由を聞き知りて、川島未亡人はいよいよもって山木の仕打ちに不満をいだき、召使いにむかいて恩の忘るべからざるを説法するごとに、暗《あん》に山木を実例にとれるなりき。しかも習慣はついに勝ちを占めぬ。
 「通しなさい」
 やがて屋敷に通れる山木は幾たびかかの赤黒子《あかぼくろ》の顔を上げ下げつ。
 「山木さん、久しぶりごあんすな」
 「いや、御隠居様、どうも申しわけないごぶさたをいたしました。ぜひお伺い申すでございましたが、その、戦争後は商用でもって始終あちこちいたしておりまして、まず御壮健おめでとう存じます」
 「山木さん、戦争じゃしっかいもうかったでごあんそいな」
 「へへへへ、どういたしまして――まあおかげさまでその、とやかく、へへへへへ」
 おりから小間使いが水引かけた
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