の間《ま》あっちへ」
三人《みたり》を出しやりて、伯母はなお近く椅子を寄せ、浪子の額にかかるおくれ毛をなで上げて、しげしげとその顔をながめぬ。浪子も伯母の顔をながめぬ。
ややありて浪子は太息《といき》とともに、わなわなとふるう手をさしのべて、枕の下より一通の封ぜし書《もの》を取り出《いだ》し
「これを――届けて――わたしがなくなったあとで」
ほろほろとこぼす涙をぬぐいやりつつ、加藤子爵夫人は、さらに眼鏡《めがね》の下よりはふり落つる涙をぬぐいて、その書をしかとふところにおさめ、
「届けるよ、きっとわたしが武男さんに手渡すよ」
「それから――この指環《ゆびわ》は」
左手《ゆんで》を伯母の膝《ひざ》にのせつ。その第四指に燦然《さんぜん》と照るは一昨年《おととし》の春、新婚の時武男が贈りしなり。去年去られし時、かの家に属するものをばことごとく送りしも、ひとりこれのみ愛《お》しみて手離すに忍びざりき。
「これは――持《も》って――行きますよ」
新たにわき来る涙をおさえて、加藤夫人はただうなずきたり。浪子は目を閉じぬ。ややありてまた開きつ。
「どうしていらッしゃる――でしょう
前へ
次へ
全313ページ中298ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング