の秋の暮れに別れしより、しばらく相見ざりしを、浪子が父に請いて使いして招けるなり。
 「いろいろ御親切に――ありがとうございます。姪《あれ》も一度はお目にかかってお礼を申さなければならぬと、そう言い言いいたしておりましたのですが――お目にかかりまして本望でございましょう」

 加藤子爵夫人はわずかに口を開きぬ。
 答うべき辞《ことば》を知らざるように、老婦人はただ太息《といき》つきて頭《かしら》を下げつ。ややありて声を低くし
 「で――はどちらにおいでなさいますので?」
 「台湾にまいったそうでございます」
 「台湾!」
 老婦人は再び太息つきぬ。
 加藤子爵夫人はわき来る涙をかろうじておさえつ。
 「でございませんと、あの通り思っているのでございますから、世間体はどうともいたして、あわせもいたしましょうし、暇乞《いとまごい》もいたさせたいのですが――何をいっても昨日今日台湾に着いたばかり、それがほかと違って軍艦に乗っているのでございますから――」
 おりから片岡夫人入り来つ。そのあとより目を泣きはらしたる千鶴子は急ぎ足に入り来たりて、その母を呼びたり。

    九の二

 日は暮れ
前へ 次へ
全313ページ中296ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング