この時看護婦入り来たりて、会釈しつつ、薬を浪子にすすめ終わりて、出《い》で行きたり。しばし瞑目《めいもく》してありし老婦人は目を開きて、また語りつづけぬ。
 「静岡での幕士の苦労は、それはお話になりませんくらいで、将軍家がまずあの通り、勝《かつ》先生なんぞも裏小路《うらこうじ》の小さな家にくすぶっておいでの時節ですからね、五千石の私どもに三人|扶持《ぶち》はもったいないわけですが、しかし恥ずかしいお話ですが、そのころはお豆腐が一|丁《ちょう》とは買えませんで、それに姑はぜいたくになれておるのですから、ほんとに気をもみましたよ。で、私はね、町の女子供を寄せて手習いや、裁縫《しごと》を教えたり、夜もおそくまで、賃仕事をしましてね。それはいいのですが、姑はいよいよ気が荒くなりまして、時勢のしわざを私に負わすようなわけで、それはひどく当たりますし、良人《おっと》はいませず=良人は函館後はしばらく牢《ろう》に入《はい》っていました=父の行くえもわかりませんし、こんな事なら死んだ方がと思ったことは日に幾たびもありましたが、それを思い返し思い返ししていたのです。本当にこのころは一年に年の十もとりま
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