。十年《ととせ》の間、浪子は亡き母を忘るるの日なかりき。されど今日このごろはなつかしさの堪《た》え難きまで募りて、事ごとにその母を思えり。恋しと思う父は今遠く遼東にあり。継母は近く東京にあれど、中垣《なかがき》の隔て昔のままに、ともすれば聞きづらきことも耳に入る。亡き母の、もし亡き母の無事に永らえて居たまわば、かの苦しみも告げ、この悲しさも訴えて、かよわきこの身に負いあまる重荷もすこしは軽く思うべきに、何ゆえ見すてて逝《ゆ》きたまいしと思《おも》う下より涙はわきて、写真は霧を隔てしようにおぼろになりぬ。
 昨日《きのう》のようなれど、指を折れば十年《ととせ》たちたり。母上の亡くなりたもうその年の春なりき。自身《みずから》は八歳《やつ》、妹《いもと》は五歳《いつつ》(そのころは片言まじりの、今はあの通り大きくなりけるよ)桜模様の曙染《あけぼのぞめ》、二人そろうて美しと父上にほめられてうれしく、われは右妹は左母上を中に、馬車をきしらして、九段の鈴木《すずき》に撮《と》らししうちの一枚はここにかけたるこの写真ならずや。思えば十年《ととせ》は夢と過ぎて、母上はこの写真になりたまい、わが身は――
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