任せぬ身ならずや。かく思いてはやる方なくもだえしが、なおやみ難き心より思いつきて、浪子は病の間々《ひまひま》に幾を相手にその人の衣を縫い、その好める品をも取りそろえつつ、裂けんとすなる胸の思いの万分一も通えかしと、名をばかくして、はるかに佐世保に送りしなり。
 週去り週来たりて、十一月中旬、佐世保の消印ある一通の書は浪子の手に落ちたり。浪子はその書をひしと握りて泣きぬ。

     四の三

 打ち連れて土曜の夕べより見舞に来し千鶴子と妹《いもと》駒子《こまこ》は、今朝《けさ》帰り去りつ。しばしにぎやかなりし家の内《うち》また常のさびしきにかえりて、曇りがちなる障子のうち、浪子はひとり床にかけたる亡《な》き母の写真にむかいて坐《ざ》しぬ。
 今日、十一月十九日は亡き母の命日なり。はばかる人もなければ、浪子は手匣《てばこ》より母の写真取り出《い》でて床にかけ、千鶴子が持《も》て来し白菊のやや狂わんとするをその前に手向《たむ》け、午後には茶など点《い》れて、幾の昔語りに耳傾けしが、今は幾も看護婦も罷《まか》りて、浪子はひとり写真の前に残れるなり。
 母に別れてすでに十年《ととせ》にあまりぬ
前へ 次へ
全313ページ中246ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング