かえってまれなる心地《ここち》して、よくも見ざりき。ただ千鶴子の来たるをば待ちわびつ。聞きたしと思う消息は重に千鶴子より伝われるなり。
 縁絶えしより、川島家は次第に遠くなりつ。幾百里西なる人の面影《おもかげ》は日夕《にっせき》心に往来するに引きかえて、浪子はさらにその人の母をば思わざりき。思わずとにはあらで、思わじと務めしなりけり。心一たびその姑《しゅうと》の上に及ぶごとに、われながら恐ろしく苦き一念の抑《おさ》うれどむらむらと心《むね》にわき来たりて、気の怪しく乱れんとするを、浪子はふりはらいふりはらいて、心を他に転ぜしなり。山木の女《むすめ》の川島家に入り込みしと聞けるその時は、さすがに心地乱れぬ。しかもそはわが思う人のあずかり知る所ならざるべきを思いて、しいて心をそなたにふさげるなり。彼女《かれ》が身は湘南に病に臥《ふ》して、心は絶えず西に向かいぬ。
 この世において最も愛すなる二人は、現に征清の役に従えるならずや。父中将は浪子が逗子に来たりしより間もなく、大元帥|纛下《とうか》に扈従《こじゅう》して広島におもむき、さらに遠く遼東《りょうとう》に向かわんとす。せめて新橋までと思
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