かさき》に泊まって、今朝《けさ》渋川まで来たんだが、伊香保はひと足と聞いたから、ちょっと遊びに来たのさ。それから宿に行ったら、君たちは蕨《わらび》採りの御遊《ぎょゆう》だと聞いたから、路《みち》を教《おそ》わってやって来たんだ。なに、明日《あす》は帰らなけりゃならん。邪魔に来たようだな。はッはッ」
 「ばかな。――君それから宅《うち》に行ってくれたかね」
 「昨朝《きのう》ちょっと寄って来た。叔母様《おばさん》も元気でいなさる。が、もう君たちが帰りそうなものだってしきりとこぼしていなすッたッけ。――赤坂《あかさか》の方でもお変わりもありませんです」と例の黒水晶の目はぎらりと浪子の顔に注ぐ。
 さっきからあからめし顔はひとしお紅《あこ》うなりて浪子は下向きぬ。
 「さあ、援兵が来たからもう負けないぞ。陸海軍一致したら、娘子《じょうし》軍百万ありといえども恐るるに足らずだ。――なにさ、さっきからこの御婦人方がわが輩|一人《ひとり》をいじめて、やれ蕨の取り方が少ないの、採ったが蕨じゃないだの、悪口《あっこう》して困ったンだ」と武男は顋《あご》もて今来し姥《うば》と女中をさす。
 「おや、千々
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