《いそが》わしく走《は》せ違うを聞きつ。心臓の鼓動とともに、艙梯《そうてい》に踏みかけたる足ははたと止まりぬ。あたかも梯下《ていか》を通りかかりし一人の水兵も、ふッと立ち止まりて武男と顔見合わしたり。
 「川島分隊士、敵艦が見えましたか」
 「おう、そうらしい」
 言いすてて武男は乱れうつ胸をいたずらにおし静めつつ足早に甲板に上れば、人影《じんえい》走《は》せ違い、呼笛《ふえ》鳴り、信号手は忙わしく信号旗を引き上げおり、艦首には水兵多くたたずみ、艦橋の上には司令長官、艦長、副長、参謀、諸士官、いずれも口を結び目を据えて、はるかに艦外の海を望みおるなり。その視線を趁《お》うて望めば、北の方《かた》黄海の水、天と相合うところに当たりて、黒き糸筋のごとくほのかに立ち上るもの、一、二、三、四、五、六、七、八、九条また十条。
 これまさしく敵の艦隊なり。
 艦橋の上に立つ一将校|袂《たもと》時計を出《いだ》し見て「一時間半は大丈夫だ。準備ができたら、まず腹でもこしらえて置くですな」
 中央に立ちたる一人《ひとり》はうなずき「お待ち遠様。諸君、しっかり頼みますぞ」と言い終わりて髯《ひげ》をひねりつ
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