母《おっか》さんはからだばッかり大事にして、名誉も体面も情もちょっとも思ってくださらんのですな。あんまりです」
 「武男、卿《おまえ》はの、男かい。女じゃあるまいの。親にわび言《ごと》いわせても、やっぱい浪が恋しかかい。恋しかかい。恋しかか」
 「だッて、あんまりです、実際あんまりです」
 「あんまいじゃッて、もう後《あと》の祭《まつい》じゃなッか。あっちも承知して、きれいに引き取ったあとの事じゃ。この上どうすッかい。女々《めめ》しか事をしなはッと、親の恥ばッかいか、卿《おまえ》の男が立つまいが」
 黙然《もくねん》と聞く武男は断《き》れよとばかり下くちびるをかみつ。たちまち勃然《ぼつねん》と立ち上がって、病妻にもたらし帰りし貯林檎《かこいりんご》の籠《かご》をみじんに踏み砕き、
 「母《おっか》さん、あなたは、浪を殺し、またそのうえにこの武男をお殺しなすッた。もうお目にかかりません」
       *
 武男は直ちに横須賀なる軍艦に引き返しぬ。
 韓山《かんざん》の風雲はいよいよ急に、七|月《げつ》の中旬|廟堂《びょうどう》の議はいよいよ清国《しんこく》と開戦に一決して、同月十八日に
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