指を折りて良人の帰期を待ちぬ。さるにてもこの四五日、東京だよりのはたと絶え、番町の宅よりも、実家《さと》よりも、飯田町《いいだまち》の伯母《おば》よりすらも、はがき一枚来ぬことの何となく気にかかり、今しも日ながの手すさびに山百合を生くとて下葉《したば》を剪《はさ》みおれる浪子は、水さし持ちて入り来たりし姥《うば》のいくに
 「ねエ、ばあや、ちょっとも東京のたよりがないのね。どうしたのだろう?」
 「さようでございますねエ。おかわりもないンでございましょう。もうそのうちにはまいりましょうよ。こう申しておりますうちにどなたぞいらっしゃるかもわかりませんよ。――ほんとに何てきれいな花でございましょう、ねエ、奥様。これがしおれないうちに旦那《だんな》様がお帰り遊ばすとようございますのに、ねエ奥様」
 浪子は手に持ちし山百合の花うちまもりつつ「きれい。でも、山に置いといた方がいいのね、剪《き》るのはかあいそうだわ!」
 二人《ふたり》が問答の間《うち》に、一|輛《りょう》の車は別荘の門に近づきぬ。車は加藤子爵夫人を載せたり。川島未亡人の要求をはねつけしその翌日、子爵夫人は気にかかるままに、要を託
前へ 次へ
全313ページ中181ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング