こ》同士。幼稚園に通うころより実の同胞《きょうだい》も及ばぬほど睦《むつ》み合いて、浪子が妹の駒子《こまこ》をして「姉《ねえ》さんはお千鶴さんとばかり仲よくするからわたしいやだわ!」といわしめしこともありき。されば浪子が川島家に嫁《とつ》ぎて来し後も、他の学友らはおのずから足を遠くせしに引きかえ、千鶴子はかえってその家の近くなれるを喜びつつ、しばしば足を運べるなり。武男が遠洋航海の留守の間心さびしく憂《う》き事多かる浪子を慰めしは、燃ゆるがごとき武男の書状を除きては、千鶴子の訪問ぞその重《おも》なるものなりける。
浪子はほほえみて、
「今日はよっぽどよい方だけども、まだ頭《かみ》が重くて、時々せきが出て困るの」
「そう?――寒いのね」うやうやしく座ぶとんをすすむる婢《おんな》をちょっと顧みて、浪子のそば近くすわりつ。桐胴《きりどう》の火鉢《ひばち》に指環《ゆびわ》の宝石きらきらと輝く手をかざしつつ、桜色ににおえる頬《ほお》を押《おさ》う。
「伯母様も、伯父様も、おかわりないの?」
「あ、よろしくッてね。あまり寒いからどうかしらッてひどく心配していなさるの、時候が時候だから、少しいい方だッたら逗子《ずし》にでも転地療養しなすったらッてね、昨夕《ゆうべ》も母《おっか》さんとそう話したのですよ」
「そう? 横須賀《よこすか》からもちょうどそう言って来てね……」
「兄さんから? そう? それじゃ早く転地するがいいわ」
「でももうそのうちよくなるでしょうから」
「だッて、このごろの感冒《かぜ》は本当に用心しないといけないわ」
おりから小間使いの紅茶を持ち来たりて千鶴子にすすめつ。
「兼《かね》や? 母《おっか》さんは? お客? そう、どなた? 国の方《かた》なの?――お千鶴さん、今日はゆっくりしていいのでしょう。兼や、お千鶴さんに何かごちそうしておあげな」
「ほほほほ、お百度参りするのだもの、ごちそうばかりしちゃたまらないわ。お待ちなさいよ」言いつつ服紗《ふくさ》包みの小重を取り出し「こちらの伯母さんはお萩《はぎ》がおすきだッたのね、少しだけども、――お客様ならあとにしましょう」
「まあ、ありがとう。本当に……ありがとうよ」
千鶴子はさらに紅蜜柑《べにみかん》を取り出しつつ「きれいでしょう。これはわたしのお土産《みやげ》よ。でもすっぱくていけないわ」
「まあきれい、一ツむいてちょうだいな」
千鶴子がむいて渡すを、さもうまげに吸いて、額《ひたえ》にこぼるる髪をかき上げ、かき上げつ。
「うるさいでしょう。ざっと結《い》ってた方がよかないの? ね、ちょっと結いましょう。――そのままでいいわ」
勝手知ったる次の間の鏡台の櫛《くし》取り出《いだ》して、千鶴子は手柔らかにすき始めぬ。
「そうそう、昨日の同窓会――案内状《しらせ》が来たでしょう――はおもしろかってよ。みんながよろしくッて、ね。ほほほほ、学校を下がってからまだやっと一年しかならないのに、もう三一はお嫁だわ。それはおかしいの、大久保《おおくぼ》さんも本多《ほんだ》さんも北小路《きたこうじ》さんもみんな丸髷《まるまげ》に結《い》ってね、変に奥様じみているからおかしいわ。――痛かないの?―ほほほほ、どんな話かと思ったら、みんな自分の吹聴《ふいちょう》ですわ。そうそう、それから親子別居論が始まってね、北小路さんは自分がちっとも家政ができないに姑《おっかさん》がたいへんやさしくするものだから同居に限るっていうし、大久保さんはまた姑《おっかさん》がやかましやだから別居論の勇将だし、それはおかしいの。それからね、わたしがまぜッかえしてやったら、お千鶴さんはまだ門外漢――漢がおかしいわ――だから話せないというのですよ。――すこしつまり過ぎはしないの?」
「イイエ。――それはおもしろかったでしょう。ほほほほ、みんな自己《じぶん》から割り出すのね。どうせ局々《ところところ》で違うのだから、一概には言えないのでしょうよ。ねエ、お千鶴さん。伯母様もいつかそうおっしゃったでしょう。若い者ばかりじゃわがままになるッて、本当にそうですよ、年寄りを疎略に思っちゃ済まないのね」
父中将の教えを受くるが上に、おのずから家政に趣味をもてる浪子は、実家《さと》にありけるころより継母の政《まつりごと》を傍観しつつ、ひそかに自家の見《けん》をいだきて、自ら一家の女主《あるじ》になりたらん日には、みごと家を斉《ととの》えんものと思えるは、一日にあらざりき。されど川島家に来たり嫁ぎて、万機一に摂政太后の手にありて、身はその位《くらい》ありてその権なき太子妃の位置にあるを見るに及びて、しばしおのれを収めて姑の支配の下《もと》に立ちつ。親子の間に立ち迷いて、思うさま良人《おっと》にかしずくことの
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