」
「あんた、そないな戯談《じょうだん》どころじゃございませんがな。――でもかあいそうや、ほんまにかあいそうや、今日もな、あんた、竹《たけ》にそういいましたてね。ほんまに憎らしい武男はんや、ひどいひどいひどいひどい人や、去年のお正月には靴下《くつした》を編んであげたし、それからハンケチの縁を縫ってあげたし、それからまだ毛糸の手袋だの、腕ぬきだの、それどころか今年の御年始には赤い毛糸でシャツまで編んであげたに、皆《みいな》自腹ア切ッて編んであげたのに、何《なアん》の沙汰《さた》なしであの不器量な意地《いじ》わるの威張った浪子はんをお嫁にもらったり、ほんまにひどい人だわ、ひどいわひどいわひどいわひどいわ、あたしも山木の女《むすめ》やさかい、浪子はんなんかに負けるものか、ほんまにひどいひどいひどいひどいッてな、あんた、こないに言って泣いてな。そないに思い込んでいますに、あああ、どうにかしてやりたいがな、あんた」
「ばかを言いなさい。勇将の下《もと》に弱卒なし。御身《おまえ》はさすがに豊が母《おっか》さんだよ。そらア川島だッて新華族にしちゃよっぽど財産もあるし、武男さんも万更《まんざら》ばかでもないから、おれもよほどお豊を入れ込もうと骨折って見たじゃないか。しかしだめで、もうちゃんと婚礼が済んで見れば、何もかも御破算さ。お浪さんが死んでしまうか、離縁にでもならなきゃア仕方がないじゃないか。それよりもばかな事はいい加減に思い切ッてさ、ほかに嫁《かたづ》く分別が肝心じゃないか、ばかめ」
「何が阿呆《あほう》かいな? はい、あんた見たいに利口やおまへんさかいな。好年配《えいとし》をして、彼女《あれ》や此女《これ》や足袋《たび》とりかえるような――」
「そう雄弁|滔々《とうとう》まくしかけられちゃア困るて。御身《おまえ》は本当に馬《ば》――だ。すぐむきになりよる。なにさ、おれだッて、お豊は子だもの、かあいがらずにどうするものか、だからさ、そんなくだらぬ繰り言ばっかり言ってるよりも、別にな、立派なとこに、な、生涯楽をさせようと思ってるのだ。さ、おすみ、来なさい、二人《ふたり》でちっと説諭でもして見ようじゃないか」
と夫婦打ち連れ、廊下伝いに娘お豊の棲《す》める離室《はなれ》におもむきたり。
山木兵造というはいずこの人なりけるにや、出所定かならねど、今は世に知られたる紳商と
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