そで》をぬらしたり。
故人《なきひと》は妙齢の淑女なればにや、夏ながらさまざまの生け花の寄贈多かりき。そのなかに四十あまりの羽織|袴《はかま》の男がもたらしつるもののみは、中将の玄関より突き返されつ。その生け花には「川島家」の札ありき。
十の一
四月《よつき》あまり過ぎたり。
霜に染みたる南天の影長々と庭に臥《ふ》す午後四時過ぎ、相も変わらず肥えに肥えたる川島未亡人は、やおら障子をあけて縁側に出《い》で来たり、手水鉢《ちょうずばち》に立ち寄りて、水なきに舌鼓を鳴らしつ。
「松《まアつ》、――竹《たけエ》」
呼ぶ声に一人《ひとり》は庭口より一人は縁側よりあわただしく走り来つ。恐慌の色は面《おもて》にあらわれたり。
「汝達《わいども》は何《なあに》をしとッか。先日《こないだ》もいっといたじゃなっか。こ、これを見なさい」
柄杓《ひしゃく》をとって、からの手水鉢をからからとかき回せば、色を失える二人《ふたり》はただ息をのみつ。
「早《は》よせんか」
耳近き落雷にいよいよ色を失いて、二人は去りぬ。未亡人は何か口のうちにつぶやきつつ、やがてもたらし来し水に手を洗いて、入らんとする時、他の一人は入り来たりて小腰を屈《かが》めたり。
「何か」
「山木様とおっしゃいます方が――」
言《こと》終わらざるに、一種の冷笑は不平と相半ばして面積広き未亡人の顔をおおいぬ。実を言えば去年の秋お豊《とよ》が逃げ帰りたる以後はおのずから山木の足も遠かりき。山木は去年このかたの戦争に幾万の利を占めける由を聞き知りて、川島未亡人はいよいよもって山木の仕打ちに不満をいだき、召使いにむかいて恩の忘るべからざるを説法するごとに、暗《あん》に山木を実例にとれるなりき。しかも習慣はついに勝ちを占めぬ。
「通しなさい」
やがて屋敷に通れる山木は幾たびかかの赤黒子《あかぼくろ》の顔を上げ下げつ。
「山木さん、久しぶりごあんすな」
「いや、御隠居様、どうも申しわけないごぶさたをいたしました。ぜひお伺い申すでございましたが、その、戦争後は商用でもって始終あちこちいたしておりまして、まず御壮健おめでとう存じます」
「山木さん、戦争じゃしっかいもうかったでごあんそいな」
「へへへへ、どういたしまして――まあおかげさまでその、とやかく、へへへへへ」
おりから小間使いが水引かけた
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