弾創にて、今朝まで知覚|有之《これあり》候ところ、ついに絶息いたし候由。((中略))なお同人の同僚につきいろいろ承り候ところ、彼は軍中の悪《にく》まれ者ながら戦争のみぎりは随分相働き、すでに金州攻撃の際も、部下の兵士と南門の先登をいたし候由にて、今回もなかなか働き候との事に御座候。もっとも平生《へいぜい》は往々士官の身にあるまじき所行も内々|有之《これあり》、陣中ながら身分不相応の金子《きんす》を貯《たくわ》え居申し候。すでに一度は貔子窩《ひしか》において、軍司令官閣下の厳令あるにかかわらず、何か徴発いたし候とて土民に対し惨刻千万の仕打ち有之《これあり》すでにその処分も有之《これある》べきところ((中略))とにかく戦死は彼がためにもっけの幸いに有之べく候。
母上様御承知の通り、彼は重々|不埒《ふらち》のかども有之、彼がためには実に迷惑もいたし、私儀もすでに断然絶交いたしおり候事に有之候えども、死骸《しがい》に対しては恨みも御座なく、昔兄弟のように育ち候事など思い候えば、不覚の落涙も仕り候事に御座候。よって許可《ゆるし》を受け、火葬いたし、骨を御送《おんおく》り申し上げ候。しかるべく御葬り置きくだされたく願い奉り候。
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((下略))
武男が旅順にて遭遇しつる事はこれに止《とど》まらず、わざと書中に漏らしし一の出来事ありき。
六の二
武男が書中に漏れたる事実は、左のごとくなりき。
千々岩の死骸《しがい》に会えるその日、武男はひとり遅れて埠頭《はとば》の方《かた》に帰り居たり。日暮れぬ。
舎営の門口《かど》のきらめく歩哨《ほしょう》の銃剣、将校|馬蹄《ばてい》の響き、下士をしかりいる士官、あきれ顔にたたずむ清人《しんじん》、縦横に行き違う軍属、それらの間を縫うて行けば、軍夫五六人、焚火《たきび》にあたりつ。
「めっぽう寒いじゃねエか。故国《うち》にいりや、葱鮪《ねぎま》で一|杯《ぺえ》てえとこだ。吉《きち》、てめえアまたいい物引っかけていやがるじゃねえか」
吉といわれし軍夫は、分捕《ぶんど》りなるべし、紫|緞子《どんす》の美々しき胴衣《どうぎ》を着たり。
「源公《げんこう》を見ねえ。狐裘《かわ》の四百両もするてえやつを着てやがるぜ」
「源か。やつくれえばかに運の強《つえ》えやつアねえぜ。博《ぶつ》ちゃア勝つ、遊んで褒
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