穂末に平たき屋根の七八つあらはれたる孤村《こそん》は、基督の寡婦の子を蘇らし玉ひしと云ふナインの村なり。頭《かしら》円《まる》くして形優美なるタボルの山も東に近く見ゆ。今日過ぐる所は、すべて旧約の士師記《しゝき》、列王紀略上下、サムエル書上下等に関する名所旧蹟に満ちたる地なり。
畑中の一堆《いつたい》邱《きう》に土造の穀物納屋の立ちたるを聖書の画見る心地にをかしと見つゝ、やがてナザレの山麓に到る。石だらけの山坂路《やまさかみち》、電光形に上りて行く。右手に険崖|矗立《ちくりつ》せる所を陥擠山《かんせいざん》と呼び、ナザレ人等が基督を擠《おしおと》さんとせし所と伝ふ。やゝしばし上りて山上の坦《たい》らなる道となり、西することしばらくにして、山上の凹みに巣くへる白き家と緑と錯綜せるナザレの邑《むら》顕《あら》はれ出づ。
午後四時過※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]クトリア・ホテルの前に馬を下る。今日の行程七里。エルサレムよりナザレまで約二十七里。急げば二日|路《ぢ》。
底本:「日本の名随筆 別巻21 巡礼」作品社
1992(平成4)11月25日第1刷発行
入力:斎藤由布
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