ざあと雨が來た。鐵橋の蔭に舟を寄せて雨宿りする間もなく、雨は最早過ぎて了うた。此邊は沼の中でもやゝ深い。小沼の水が大沼に流れ入るので、水は川の樣に動いて居る。いくら釣つても、目ざす鮒はかゝらず、ゴタルと云ふ※[#「魚+少」、第3水準1−94−34]《はぜ》の樣な小魚ばかり釣れる。舟を水草《みづくさ》の岸に着けさして、イタヤの薄紅葉の中を彼方此方《あちこち》と歩いて見る。下生《したばえ》を奇麗に拂つた自然の築山、砂地の踏心地もよく、公園の名はあつても、あまり人巧の入つて居ないのがありがたい。駒が岳のよく見える處で、三脚を据ゑて、十八九の青年が水彩寫生をして居た。駒が岳に雲が去來して、沼の水も林も倏忽《たちまち》の中に翳《かげ》つたり、照つたり、見るに面白く、寫生に困難らしく思はれた。時が移るので、釣を斷念し、また舟に上つて島めぐりをする。大沼の周圍《めぐり》八里、小沼を合せて十三里、昔は島の數が大小百四十餘もあつたと云ふ。中禪寺の幽凄《いうせい》でもなく、霞が浦の淡蕩《たんたう》でもなく、大沼は要するに水を淡水にし松を楢白樺其他の雜木にした松島である。沼尻は瀑《たき》になつて居る。沼には
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