々|楢《なら》や白樺《しらかば》にからむだ山葡萄の葉が、火の樣に燃えて居る。空氣は澄み切つて、水は鏡の樣だ。夫婦島《めをとじま》の方に帆舟が一つ駛《はし》つて居る。櫓聲靜に我舟の行くまゝに、鴨が飛び、千鳥が飛ぶ。やがて舟は一の入江に入つて、紅葉館の下に着いた。女中が出迎へる。夥しくイタヤ楓の若木を植ゑた傾斜を上つて、水に向ふ奧の一間に案内された。
 都の紅葉館は知らぬが、此紅葉館は大沼に臨み、駒が岳に面し、名の如く無數の紅葉樹に圍まれて、瀟洒《さつぱり》とした紅葉館である。殊に夏の季節も過ぎて、今は宿もひつそりして居る。薪を使つて鑛泉に入つて、古めかしいランプの下、物靜かな女中の給仕で沼の鯉、鮒の料理を食べて、物音一つせぬ山の上、水の際の靜かな夜の眠に入つた。
 眞夜中にごろ/\と雷が鳴つた。雨戸の隙から電が光つた。而して颯《ざあ》と雨の音がした。起きて雨戸を一枚繰つて見たら、最早《もう》月が出て、沼の水に螢の樣に星が浮いて居た。
      (二)
 明方にはまたぽつ/\降つて居たが、朝食を食ふと止むだ。小舟で釣に出かける。汽車の通ふセバツトの鐵橋の邊《あたり》に來ると、また一しきり
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