出す。奧深い店は、林檎と、箱と、巨鋸屑《おがくづ》と、荷造りする男女で一ぱいであつた。
 古い士族町、新しい商業町、場末のボロ町を通つて、岩木川を渡り、城北三里板柳村の方へ向うた。まだ雪を見ぬ岩木山《いはきやま》は、十月の朝日に桔梗の花の色をして居る。山を繞つて秋の田が一面に色づいて居る。街道は斷續|榲※[#「木+孛」、第3水準1−85−67]《まるめろ》の黄な村、林檎の紅い畑を過ぎて行く。二時間ばかりにして、岩木川の長橋を渡り、田舍町には家並の揃うて豐らしい板柳《いたやな》村に入つた。
 板柳村のY君は、林檎園の監督をする傍、新派の歌をよみ文藝を好む人である。一二度粕谷の茅廬にも音づれた。余等はY君の家に一夜厄介になつた。文展で評判の好かつた不折《ふせつ》の「陶器つくり」の油繪、三千里の行脚《あんぎや》して此處にも滯留した碧梧桐「花林檎」の額、子規、碧、虚の短册、與謝野夫妻、竹柏園社中の短册など見た。十五町歩の林檎園に、撰屑《よりくづ》の林檎の可惜《あたら》轉がるのを見た。種々の林檎を味はうた。夜はY君の友にして村の重立たる人々にも會うた。余はタアナア水彩畫帖をY君に贈り、其フライリ
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