た奴が居ましてな。よく強淫をやりアがるんです。成る可く身分の好い人のかみさんだの娘だのをいくんです。身分の好い人だと、成丈外聞のない樣にしますからな。何時ぞやも、農家の娘でね、十五六のが草苅りに往つてたのを、奴が捉《つらま》へましてな。丁度其處に木を伐りに來た男が見つけて、大騷ぎになりました。――其奴ですか。到頭村から追ひ出されて、今では大津に往つて、漁場を稼いで居るつてことです」
山が三方から近く寄つて來た。唯有《とあ》る人家に立寄つて、井戸の水をもらつて飮む。桔※[#「槹」の「白」に代えて「自」、14−上−16]《はねつるべ》の釣瓶《つるべ》はバケツで、井戸側は徑《わたり》三尺もある桂の丸木の中をくりぬいたのである。一丈餘もある水際までぶつ通しらしい。而して水はさながら水晶である。まだ此邊までは耕地は無い。海上のガス即ち霧が襲うて來るので、根菜類は出來るが、地上に育つものは穀物蔬菜何も出來ず、どうしても三里内地に入らねば麥も何も出來ないのである。
鹿の角を澤山背負うて來る男に會うた。茶路川の水涸れた川床が左に見えて來た。
二里も來たかと思ふ頃、路は殆んど直角に右に折れて居る。
前へ
次へ
全31ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング