になりぬ。倒れし男はそこ/\に舞踏室を逃げ出したり。
成程花は半開、興は八分、あまりに狂へば過《あやまち》に終る、最早夜も一時を過ぎて、宮家の方々も帰りたまひぬ。さき程よりストオヴの暖気、ヴアイオレツトの香《かほり》、嬌紅《けうこう》艶紫《えんし》の衣の色、指環《ゆびわ》腕環《うでわ》の金玉の光、美人(と云はむは偽《いつはり》なるべし、余は不幸にして唯一人も美人をば夜会の席に見る能はざりければ)の微笑、勲章大礼服の閃き、などに射られて少々|逆上《のぼせ》気味の、長座せばいよ/\のぼせて、木曾殿も都化《みやこくわ》して布衣《ほい》を誇る身の万一|人爵《じんしやく》崇拝と宗旨変《しゆうしかへ》でもしては大変、最早こゝらが切り上げ時と、先刻よりはなればなれになりし兄を尋ぬるに、これはずるい、いつかさつさとお帰りになつて居る。
後《おく》れたり、と玄関に走せ出で、やつと車を見出して、急げ/\と車夫を急がし、卅分後に兄に窮屈千万なる「余が最初の燕尾服」を脱ぎぬ。
底本:「日本の名随筆 別巻75 紳士」作品社
1997(平成9)年5月25日第1刷発行
底本の親本:「蘆花全集 第三巻
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