《さんくわうしんし》として床の上に落ち散りたり。氷よりも滑かなる床のすべり易きに、吾は小心翼々としてぬき足さし足一分刻みに歩みつゝ、壁際に置かれたるソフアの辺《あたり》に立ちて見る。はや「カドリル」ははじまりて、聞くだにも吾足のひよこ/\浮き立つ陽気の調《しらべ》につれて、幾組の和洋男女は規則正しく一歩々々歩み出でては、また一歩々々歩み帰る。やがては入れ乱れ、入れちがへ、手をとり、くゞり、寄り、離れ、コムビネーシヨンの妙を極む。「ワルス」はあまり気にくはねど、「ポルカ」「ガロツプ」「ランセース」いづれもさら/\と元気よく、躍《をどり》にしても体操にしても極めて面白く思はれたり。数番の舞踏済みて、額《ひたひ》に加ふる白|手巾《ハンケチ》、胸のあたりに閃《ひらめ》く扇、出でゝラムネを飲むあれば、彼方此方と巡廻《へめぐ》りて、次の番組の相手を求むあり。きちようめんなる山県《やまがた》首相は閑院宮殿下、有栖川宮殿下と立ちながら何か話せば「聖壽萬歳」の額の下なるソフアには各妃殿下花の如くに坐して外国使臣の夫人なんどの挨拶に答へたまふ。時計の鏈《くさり》を繻珍《しゆちん》の帯の上に閃かしたるちゞれ毛の束髪の顔は醜くたけ矮《ひく》き夫人の六尺近き燕尾服の良人の面仰ぎつゝ何やらん甘へたる調子にて物尋ねらるゝ、曙染《あけぼのそめ》の振袖《ふりそで》に丈長《たけなが》のいと白《しろ》う緑鬢《りよくびん》にうつりたる二八ばかりの令嬢の姉なる人の袖に隠れて物馴れたる男の言《ものい》ふに言葉はなくて辞儀ばかりせられたる、蓄音機と速撮《はやどり》写真と欲《ほ》しき事のみ多し。斯る間を主人の外相の足にまつはる剣をうるさげに左手《ゆんで》に握りて、眼鏡の顔を少し仰むけ、あちこち行きかへりして心つけらるゝ御苦労千万――思へば外務大臣にも減多になれぬものなり。
室内の温気《うんき》の耐へ難きに、吾はそつと此処を滑り出でゝ喫煙室の方に行きぬ。婦人室の前を過ぐる時、不図《ふと》室内を見入れたれば、寂々《せき/\》たる室の一隅の暖炉を擁《よう》し首を鳩《あつ》めて物語る二人の美人。よくよく見れば、伊東|巳代治《みよぢ》の君と岡崎邦輔の君となり。何れ劣らぬ梅桜、世にもしほらしき人達にて在《おは》せば、婦人室は尤も似つかはしく、何事をか語らひて居たまひけん。其は知らねど、政治小説でも書く人ならば、見|※[#「
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