居られぬ。八年前余は独歩《どっぽ》嵐山から高尾に来た時、時雨《しぐれ》に降られて、梅が畑の唯有《とあ》る百姓家に※[#「足へん+包」、第3水準1−92−34]《か》け込んで簑《みの》を借りた。山吹の花さし出す娘はなくて、婆《ばあ》さんが簑を出して呉れたが、「おべゝがだいなしになるやろ」と云うので、余は羽織《はおり》を裏返えしに着て、其上に簑を被《はお》り、帽子を傾けて高尾に急いだ。瓢箪《ひょうたん》など肩にして芸子と番傘の相合傘《あいあいがさ》で帰って来る若い男等が、「ヨウ、勘平|猪打《ししうち》の段か」などゝ囃《はや》した。
いよ/\高尾に来た。車を下りて、車夫《くるまや》に母を負うてもらい、白雲橋を渡って、神護寺内《じんごじない》の見晴らしに上った。紅葉《もみじ》はまだ五六分と云う処である。かけ茶屋の一に上《あが》って、姉が心尽しの弁当を楽《たの》しく開いた。余等はまた土皿投《かわらけな》げを試みた。手をはなれた土皿は、ヒラ/\/\と宙返《ちゅうがえ》りして手もとに舞い込む様に此方《こなた》の崖に落ち、中々|谷底《たにそこ》へは届《とど》かぬ。色々の色に焦《こが》れて居る山と山と
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