ある。此春妻が三軒茶屋《さんげんぢゃや》から帰るとて、車はなしひょろ/\する程荷物を提《さ》げて歩《ある》いて居ると、畑に働《はたら》いて居た娘が、今しも小学校の卒業式から優等の褒美をもろうて帰る少年を追かけて呼びとめてくれたので、其少年に荷物を分けて持ってもろうて帰って来た。親切な人々と思うて聞いて見れば、それは天理教信者であった。
 人が平気に踏《ふ》みしだく道辺《みちべ》の無名草《ななしぐさ》の其小さな花にも、自然の大活力は現われる。天理教祖は日本の思いがけない水村|山郭《さんかく》の此処其処に人知れず生れて居るのである。

           *

 斯様な事を思うて居る内に、御神楽歌《おかぐらうた》一巻を唱《とな》え囃《はや》し踊る神前の活動はやんで、やがて一脚の椅子テーブルが正面に据《す》えられ、洋服を着た若い紳士が着席し、木下藤吉郎秀吉が信長の草履取《ぞうりとり》となって草履を懐《ふところ》に入れて温《あたた》めた事をきい/\声で演説した。其れが果てると、余は折詰《おりづめ》一個をもらい、正宗《まさむね》一|合瓶《ごうびん》は辞して、参拾銭|寄進《きしん》して帰った。

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