近づきつゝあるに気づいた。骸骨《がいこつ》が来るのかと思うた。其は一人の婆《ばば》であった。両の眼の下瞼《したまぶた》が悉《ことごと》く朱《あけ》に反《そ》りかえって、椎《しい》の実程の小さな鼻が右へ歪《ゆが》みなりにくっついて居る。小さな風呂敷包を頸《くび》にかけて、草履《ぞうり》の様になった下駄《げた》を突かけて居る。余は恐ろしくなって、片寄って婆《ばあ》さんを通した。今にも婆さんが口をきゝはせぬかと恐れた。然し婆さんは、下瞼の朱《あか》く反りかえった眼でじろり余を見たまゝ、余の傍《わき》を通り過ぎて了うた。程なく雑木山に見えなくなった。
余は今しがた眼の前を過ぎた二つの幻《まぼろし》の意味を思いつゝ、山を見ることを忘れて田圃の方へ下りて往った。
[#地から3字上げ](大正元年 十一月十五日)
[#改ページ]
入営
辰《たつ》爺《じい》さん宅《とこ》の岩公《いわこう》が麻布聯隊に入営する。
寸志の一包と、吾れながら見事《みごと》に出来た聖護院《しょうごいん》大根《だいこ》を三本|提《さ》げて、挨拶に行く。禾場《うちば》には祝入営の旗が五本も威勢《いせい》よく立っ
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