努力をして、彼が悶死の一因を作ったのと、学習院に於て余の為可《すべ》かりし演説が某の注意に因《よ》り院長たる将軍の言によって差止《さしと》められたことを聞いた外、乃木将軍とは一回の対面もせず、一通の書信の往復も為《し》なかった。茫々《ぼうぼう》たる宇宙に於て、大将夫妻と余をいさゝか繋《つな》ぐものがあるならば、其は「寄生木」である。
然しながら寄生木は、篠原良平の寄生木で、余の寄生木では無い。唯将軍と余の間に一の縁《えん》を作ったに過ぎぬ。乃木将軍夫妻程|死花《しにばな》が咲《さ》いた人々は近来《きんらい》絶無《ぜつむ》と云ってよい。大将夫妻は実に日本全国民の崇拝《すうはい》愛慕《あいぼ》の的《まと》となった。乃木文学は一時に山をなして出た。斯上《このうえ》蛇足《だそく》を加うる要はないかも知れぬ。然し寄生木によりて一種の縁を将軍夫妻に作った余には、また余|相応《そうおう》の義務が感ぜられる。此義務は余にとって不快な義務では無い。余は如何《いか》なる形《かたち》に於てかこの義務を果したいと思うて居る。
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コスモス
今日は夏を憶《おも》い出す様な日だった。
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