先途《せんど》を見届けん為に台湾に参《まい》ります、と御答え申上げたと云う記事は、また深く余の心に滲《し》みた。余は此母子が好《す》きになった。明治三十四年中、ゴルドン将軍伝を書く時、余はゴルドンを描《えが》く其原稿紙上に乃木将軍の面影《おもかげ》がちらり/\と徂《い》ったり徠《き》たりするを禁じ得なかった。
 縁は異《い》なもので、ゴルドン伝を書いた翌々年「寄生木《やどりぎ》」の主人公から突然「寄生木」著作の事を委托《いたく》された。恩人たる乃木将軍の為めにと云う彼の辞《じ》であった。余は例に無く乗地《のりじ》になって引受けた。結果が小説寄生木である。
 小説寄生木は、該書《がいしょ》の巻頭にも断《ことわ》って置いた通り、主人公にして原著者なる「篠原良平」の小笠原善平が「寄生木」で、厳密《げんみつ》なる意味に於て余の「寄生木」では無い。寄生木の大木将軍夫妻は、篠原良平の大木将軍夫妻で、余の乃木大将夫妻では無い。余は厳に原文に拠《よ》って、如何なる場合にも寸毫《すんごう》も余の粉飾《ふんしょく》塗抹《とまつ》を加えなかった。そこで、寄生木は、南部《なんぶ》の山中から駈《か》け出した十六
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