》って細君が鶴子の為に瓜燈籠《うりどうろう》をつくり、帆かけ舟を彫《ほ》って縁につり下げ、しば/\風に吹き消《け》されながら、小さな蝋燭をともした。緑色に透《す》き徹《とお》った小天地、白い帆かけ舟が一つ中にともした生命《いのち》の火のつゞく限りいつまでもと其|表《おもて》を駛《はし》って居る。
[#地から3字上げ](明治四十五年 七月十八日)
[#改ページ]

     明治天皇崩御の前後

       一

 明治四十五年七月二十一日。
 日曜だが、起きぬけに二時間の芝苅《しばかり》。
 天皇陛下|御不例《ごふれい》の発表があった。わざ/\発表がある程だ。御重態《ごじゅうたい》の程も察せられる。
 真黒い雲が今我等の頭上《ずじょう》を覆《おお》うて居る。

           *

 午後二時過ぎ、雷鳴、電光、沛然《はいぜん》と降雨があった。少し雹《ひょう》が雑《まじ》って居た。
 月番から回章《かいしょう》で、二十七日から二十九日まで、「総郷|上《あが》り正月」のふれが来た。中日が総出で道路の草苅りだ。回章の月番の名に、見馴《みな》れた寺本の七蔵の名はなくて、息子《むすこ》の
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