を死に誘《さそ》う処だ。
[#地から3字上げ](明治四十二年 五月十二日)
[#改ページ]

     自動車

 九十一歳の父と、八十四歳の母と逗留《とうりゅう》に来ると云う。青山から人力車では、一時間半はかゝる。去年までは車にしたが、今年《ことし》は今少し楽《らく》なものをと考えて、到頭以前|睥睨《へいげい》して居た自動車をとることにした。実は自身乗って見たかったのである。
 自動車は余の嫌いなものゝ一《ひとつ》である。曾て溜池《ためいけ》の演伎座前《えんぎざまえ》で、微速力《びそくりょく》で駈《か》けて来た自動車を避《さ》けおくれて、田舎者の婆さんが洋傘《こうもり》を引かけられて転《ころ》んだ。幸に大した怪我《けが》はなかったが、其時自動車の内から若い西洋人がやおら立上り、小雨《こさめ》を厭《いと》うて悠々《ゆうゆう》と洋傘《こうもり》をひらいて下り立った容子のあまりに落つき払ったのを、眼前に見た余は、其西洋人を合せて自動車に対する憎悪《ぞうお》を抑《おさ》えかねた。自動車は其後余の嫌いなものゝ一《ひとつ》であった。
 然るに自身乗って見れば、案外乗心地が好い。青山から余の村まで
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