せま》るものがあった。朝日から露西亜へ派遣《はけん》された時、余は其通信の一|行《ぎょう》も見落さなかった。通信の筆は数回ではたと絶えた。而《そう》して帰朝中途の死!
印度洋はよく人の死ぬ所である。昔から船艦《せんかん》の中で死んで印度洋の水底に葬《ほうむ》られた人は数知れぬ。印度洋で死んだ日本人も一人や二人では無い。知人《ちじん》柳房生《りゅうぼうせい》の親戚|某神学士《ぼうしんがくし》も、病を得て英国から帰途印度洋で死んで、新嘉坡《シンガポール》に葬られた。二葉亭氏も印度洋で死んで新嘉坡で火葬され、骨になって日本に帰るのである。
高山《こうざん》の麓《ふもと》の谷は深い。世界第一の高峻《こうしゅん》雪山《せつさん》を有《も》つ印度の洋《うみ》は、幾干《いくばく》の人の死体を埋めても埋めても埋めきれぬ。其|陸《りく》の菩提樹《ぼだいじゅ》の蔭に「死の宗教」の花が咲いた印度の洋《うみ》は、餌《え》を求めて※[#「厭/食」、第4水準2−92−73]《あ》くことを知らぬ死の海である。烈しい暑《あつ》さのせいもあろうが、印度洋は人の気を変にする。日本郵船のある水夫は、コロムボ[#「コロム
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