で築《きず》いた台場《だいば》――堡塁《ほるい》があった。木山の本営《ほんえい》を引揚《ひきあ》げる前、薩軍《さつぐん》が拠《よ》って官軍を拒《ふせ》いだ処である。今は附《つ》け剣《けん》の兵士が番して居た。会釈して一同其処を通りかゝると、蛇が一疋のたくって居る。蛇嫌《へびぎら》いの彼は、色を変えて立どまった。兵士が笑って、銃剣《じゅうけん》の先《さき》で蛇をつっかけて、堤外《ていがい》に抛《ほう》り出した。無事に此《この》関所《せきしょ》も越して、彼は母と姉と※[#「口+喜」、第3水準1−15−18]々《きき》として堤を歩んだ。春の日はぽかり/\春の水はのたり/\、堤外は一面の紫雲英で、空には雲雀《ひばり》、田には蛙《かわず》が鳴いて居る。明日《あす》家《うち》に帰る前に今夜|泊《とま》る沼山津の村は、一里向うに霞んで居る。……
「阿父《おとうさん》、ほら此様《こんな》に摘んでよ」
 吾に復《か》えった彼の眼の前に、両手《りょうて》につまんで立った鶴子の白《しろ》胸掛《むねかけ》から、花の臙脂《えんじ》がこぼれそうになって居る。
[#地から3字上げ](明治四十四年 五月八日)
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