兵衛《もくべえ》太五作《たごさく》も足の下が妙にこそばゆくなって、宛無《あてな》しの電話でもかけ、要もないに電車に飛び乗りでもせねば済《す》まぬ気になる。ゆっくりした田舎の時間《じかん》空間《くうかん》の中に住み慣《な》れては、東京好しといえど、久恋《きゅうれん》の住家《すみか》では無い。だから皆帰りには欣々として帰って来る。
 田舎では、豊《ゆた》かな生計《くらし》の家《うち》でも、女《むすめ》を東京に奉公に出す。女の奉公と、男の兵役とは、村の両遊学《りょうゆうがく》である。勿論弊害もあるが、軍隊に出た男は概《がい》して話せる男になって帰って来る。いさちゃんのお婿《むこ》さんなども、日露戦争にも出て、何処《どこ》やら垢《あか》ぬけのした在郷《ざいごう》軍人《ぐんじん》である。奉公に出た女にも、東京に嫁入《よめい》る者もあるが、田舎に帰って嫁《とつ》ぐ者が多い。何を云うても田舎は豊かである。田舎に生れた者が田舎を恋《こ》うばかりでなく、都に生れた者でも田舎に育てば矢張田舎が恋しくなる。
 いさちゃんも好い生涯《しょうがい》を与えられた。
[#地から3字上げ](明治四十五年)
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