うきん》と詫言《わびごと》をせしめて、やっと不承《ふしょう》した。右は東京者に打勝った与右衛門さんの手柄話の一節である。与右衛門さんは、東京者に此手で行くばかりでなく、近所隣までも此の筆法で行く。そこで与右衛門さんを憚《はばか》って、其の地所の隣地に一寸した事をするにも、屹度《きっと》わたりをつける。
 与右衛門さんは評判の長話家《ながばなしや》である。鍬を肩にして野ら仕事の出がけに鉢巻とって「今日《こんにち》は」の挨拶《あいさつ》からはじめて、三十分一時間の立話《たちばなし》は、珍らしくもない。今日も煙管《きせる》をしまっては出し、しまっては出し、到頭二時間と云うものぶっ通しに話された。与右衛門さんは中々の精力家である。「どうもダイ産《さん》としては地所程好いダイ産はありませんからナ」の百万|遍《べん》を聞かされた。
「でも斯様《こん》な時代もあったですよ」
と云って、与右衛門さんは九度目《ここのたびめ》に抽《ぬ》き出した煙管《きせる》に煙草をつめながら、斯様《こん》な話をした。
 此辺はもと徳川様の天領《てんりょう》で、納《おさ》め物の米や何かは八王子《はちおうじ》の代官所《だいか
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