のしみ》になる。
 然しいつまで川水を汲んでばかりも居られぬので、一月ばかりして大仕掛《おおじかけ》に井浚《いどさらえ》をすることにした。赤土《あかつち》からヘナ、ヘナから砂利《じゃり》と、一|丈《じょう》余《よ》も掘って、無色透明無臭而して無味の水が出た。奇麗に浚《さら》ってしまって、井筒にもたれ、井底《せいてい》深く二つ三つの涌き口から潺々《せんせん》と清水《しみず》の湧く音を聴いた時、最早《もう》水汲みの難行苦行《なんぎょうくぎょう》も後《あと》になったことを、嬉《うれ》しくもまた残惜しくも思った。
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     憶出のかず/\

       一

 跟《つ》いて来た女中は、半月手伝って東京へ帰った。あとは水入らずの二人きりで、田園生活が真剣にはじまった。
 意気地の無い亭主に連添《つれそ》うお蔭で、彼の妻は女中無しの貧乏世帯《びんぼうじょたい》は可なり持馴れた。自然が好きな彼女には、田園生活必しも苦痛ばかりではなかった。唯潔癖な彼女は周囲の不潔に一方《ひとかた》ならず悩《なや》まされた。一番近い隣《となり》が墓地に雑木林《ぞうきばやし》、生きた人間の隣は近い所で
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