うてき》してぶらぶら歩いて居る。美的百姓が遊び人であるためか、時々音ずれる。
今日《きょう》も立寄った。挨拶《あいさつ》が斯《こ》うだ。
「えゝ私は、晩寝郡《おそねごおり》、早起村《はやおきむら》、濡垂《ぬれたら》拭兵衛《ふくべえ》と申しますが、その、私の弟《おとうと》が発狂《はっきょう》致《いた》しまして……」
くど/\二言《ふたこと》三言《みこと》云うかと思うと、「それじゃまた」とお辞儀《じぎ》をして往ってしまった。「弟が発狂した」が彼の口癖《くちぐせ》である。弟とは蓋《けだし》夫子《ふうし》自《みずから》道《い》うのであろう。
重田さんの影が消《き》ゆると、安達君《あだちくん》の顔が歴々《ありあり》と主人《あるじ》の頭に現われた。
安達君は医学士で、紀州《きしゅう》の人であった。
紀州は蜜柑《みかん》と謀叛人《むほんにん》の本場《ほんば》である。紀州灘《きしゅうなだ》の荒濤《あらなみ》が鬼《おに》が城《じょう》の巉巌《ざんがん》にぶつかって微塵《みじん》に砕けて散る処、欝々《うつうつ》とした熊野《くまの》の山が胸に一物《いちもつ》を蔵《かく》して黙《もく》して居る処、秦
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