すら初めて見た時は魘《おび》えて泣いた。「白《しろ》」が居た頃、此犬は毎《つね》に善良な「白」を窘《いじ》め、「白」を誘惑して共に隣家《となり》の猫を噛《か》み殺し、到頭《とうとう》「白」を遠方《えんぽう》にやるべく余儀なくした、云わば白の敵《かたき》である。白の主人の彼は此犬を憎《にく》んで、打殺そうとしば/\思った。デカが来《こ》ぬ間《うち》は、此犬もピンに通うて来た犬の一つであった。其犬すら雌犬《めいぬ》のピン故に、ピンの主人の彼に斯く媚《こ》びるのである。甚あわれになった。天狗犬は訴うる様な眼付《めつき》をしてしば/\彼を見上げ、上高井戸に往《い》って復《かえ》るまで、始終彼にくっついて歩《ある》いた。
 帰って家近くなると、天狗犬はデカを恐れて、最早《もう》跟《つ》いて来なかった。ピンの主人を見送って、悄然《しょうぜん》と櫟《くぬぎ》の下の径《こみち》に立て居った。

           *

 先日|行衛《ゆくえ》不明で、若《もし》来たら留めて置いてくれと照会があった角谷《すみや》の消息《しょうそく》が分かった。彼は十八日の夜、大森停車場附近で鉄道自殺を遂げたのである。

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