であろうか、と気にかゝらぬではなかったが、推移《おしうつ》って居る内に、突然翁の訃報《ふほう》が来た。
 翁は十月十五日、八十三歳の生涯を斗満なる其子の家に終えたのである。翁の臨終《りんじゅう》には、形《かたち》に於て乃木翁に近く、精神に於てトルストイ翁に近く、而して何《いず》れにもない苦しみがあった。然し今は詳《つまびらか》に説く可き場合でない。
 翁の歌に、
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遠く見て雲か山かと思ひしに
    帰ればおのが住居《すまひ》なりけり
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 遮莫《さもあらばあれ》永い年月《としつき》の行路難《こうろだん》、遮莫《さもあらばあれ》末期《まつご》十字架の苦《くるしみ》、翁は一切《いっさい》を終えて故郷《ふるさと》に帰ったのである。
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     次郎桜

 朝、珍らしく角田《つのだ》の新五郎さんが来た。何事か知らぬが、もうこゝでと云うのを無理やりに座敷《ざしき》に請《しょう》じた。新五郎さんは耶蘇《やそ》信者《しんじゃ》で、まことに善良な人であるが、至って口の重い人で、疎遠《そえん》の挨拶《あいさつ》にややしばし時間を移《うつ》した
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