さんと彼等の干繋《かんけい》を簡単に述べ、父者人に対して卑怯なる虚言の罪を謝し、終に臨み、お馨さんの早世《そうせい》はまことに残念だが、自身の妹か娘があるならば、十人は十人矢張お馨さんの様に戦場に送りたいと思うと言った。
 次ぎにF女史が立って、お馨さんの臨終前後の事を述べた。お馨さんは、ブルックリン病院の生徒となって以来、忠実に職分を尽して、校長はじめ先輩、同僚、患者、すべての人の信愛を贏《か》ち得た。発病以来苦痛も中々あったであろうが、一言も不平《ふへい》憂悶《ゆうもん》の語なく、何をしてもらっても「有難《ありがと》う/\」と心から感謝し、信仰と感謝を以て此世を去った。真に見上げた臨終で、校長はじめ一人として其美しい勇ましい臨終に感激せぬ者は無かった。F女史は斯く事細かに語り来って「私も斯様に米国から御国《おくに》に伝道に参って居りますが、馨子さんの働きを見れば、其働きの間は実に暫《しばらく》の間でございましたが、私は恥入る様に思います。馨子さんは実にやさしい方で、其上男も及ばぬ凜々《りり》しい魂《たましい》を持ってお出でした。春の初に咲く梅の花の様な方でした」と云うた。
 言下《
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