t is not mere life, but a good life that we court”と。仮令《たとい》馨子凱歌の中に光栄の桂冠《けいかん》戴《いただ》くを得ざりしにせよ、彼女の生はその畢生《ひっせい》の高貴なる焔《ほのお》のあらん限を尽して戦い、戦の途上戦い死せる光栄ある戦死者の生也。此の事、弟をして敬虔《けいけん》馨子の死の前にぬかずき、無限のインスピレーションを茲《ここ》に汲《く》ましむ。
二月十八日[#地から3字上げ]勝郎
九
五月の初、お馨さんが髪と骨になって日本に帰って来た。お馨さんのカタミを連れ帰ったのは、日本に帰化した米国の女《おんな》宣教師《せんきょうし》で、彼女は横須賀に永住して海軍々人の間に伝道し、葛城も久しく世話になって「母《マザー》」と呼んで居た人で、お馨さんの病死の時は折よく紐育《ニューヨーク》に居合わせ、始終万事の世話をしたのであった。
五月の四日、粕谷草堂の夫妻は鶴子を連れて、お馨さんの郷里《きょうり》に於ける葬式に列《つら》なるべく出かけた。両国の停車場で、彼等は古びた中折帽を阿弥陀《あみだ》にかぶった、咽
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