馨さんの父母を訪うことにした。銀座で手土産《てみやげ》の浅草海苔を買ったら、生憎《あいにく》「御結納《おんゆいのう》一式調進仕候」の札が眼につく。昨年の春頼まれもせぬ葛城家の使者としてお馨さんの実家に約婚の許諾を獲に往った彼は、一年もたゝぬに此様《こん》な用事で二たび其家を訪おうとは思わなかった。
終列車は千葉までしか行かなかった。彼は千葉に泊《とま》って、翌朝房総線の一番に乗った。停車場に下りると、お馨さんの兄さんが待って居た。兄さんは赤い紙に書いた葛城から来た電文を見せた。
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馨子急病昨夜世を去る
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とある。兄さんはまた、父は非常に興奮《こうふん》して、終夜《よすがら》酒を飲み明かし、母や私に出て行けと申しますと云った。
岩倉家の玄関で車を下りると、お馨さんの阿爺《おとうさん》が出て来た。座に請《しょう》ぜられて、一つ二つ淀みがちな挨拶をすると、阿爺さんが突然わァッと声を立てゝ哭《な》いた。少し話してまた声を放って哭いた。やがて阿母《おっかさん》が出て来た。沈着な阿母も、挨拶半に顔が劇しく痙攣《けいれん》して、涙と共に声を呑んだ。彼
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