事を云うた。ゆく/\世話になろうと思うて居ると云うた。而《そう》して今後度々上る様に云って置いたから宜しく頼む、と云うた。斯くて葛城は亜米利加に渡った。
其年夏休前にお馨さんは初めて粕谷に来た。美しいと云う顔立《かおだち》では無いが、色白の、微塵《みじん》色気も鄙気《いやしげ》も無いすっきりした娘で、服装《みなり》も質素であった。其頃は女子英学塾に寄宿して居たが、後には外川先生の家に移った。粕谷に遊びに往ったと云うてやると、米国から大層喜んでよこす、と云ってよく遊びに来た。今日は学校から玉川遠足をしますから、私は此方《こちら》へ上りました、と云って朝飯前に来た事もあった。体質極めて強健で、病気と云うものを知らぬと云って居た。新宿から三里、大抵足駄をはいて歩いた。日がえりに往復することもあった。彼女は女中も居ぬ家の不自由を知って居るので、来る時に何時も襷《たすき》を袂《たもと》に入れて来た。而して台所の事、拭掃除《ふきそうじ》、何くれとなく妻を手伝うた。家の事情、学校の不平、前途の喜憂、何も打明けて語り、慰められて帰った。妻は次第に彼女を妹の如く愛した。
葛城は新英州《ニューイングラ
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