、戦争が終ると共に海軍を見限って、哲学文学を以て身を立つる可く決心した。寡婦《かふ》として彼を育て上げた彼の母、彼の姉、彼の二兄、家族の者は皆彼が海軍を見捨つることに反対した。唯一人|満腔《まんこう》の同情を彼に寄せた人があった。其れは其頃彼の母の家に寄寓《きぐう》して居る女学生であった。女学生の名はお馨さんと云った。
お馨さんは、上総《かずさ》の九十九里の海の音が暴風《しけ》の日には遠雷の様に聞ゆる或村の小山の懐《ふところ》にある家の娘であった。四人の兄、一人の姉、五人の妹を彼女は有《も》って居た。郷里の小学を終えて、出京して三輪田女学校を卒《お》え、更に英語を学ぶべく彼女はある縁によって葛城の母の家に寄寓《きぐう》して青山女学院に通って居た。彼女も又外川先生の門弟で、日曜毎に隅の方に黙って聖書の講義を聴いて居た。富裕な家の女に生れて、彼女は社会主義に同情を有って居た。葛城が軍艦から母の家に帰って来る毎に、彼は彼女と談話《だんわ》を交えた。信仰を同じくし、師を同じくし、同じ理想を趁《お》う二人は多くの点に於て一致を見出した。彼女は若い海軍士官が軍籍を脱することについて家族総反対の中
前へ
次へ
全684ページ中334ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング