はコトリと手答はあっても、錨の四本の足の其何れにも柄杓はかゝらない。果ては肝癪《かんしゃく》を起して、井の底を引掻き廻すと、折角の清水を濁らすばかりで、肝腎《かんじん》の柄杓は一向上らぬ。上らぬとなるとます/\意地になって、片手は錨、片手は井筒《いづつ》の縁をつかみ、井の上に伸《の》しかゝって不可見水底の柄杓と闘《たたか》って居ると、
「郵便が参りました」
と云って、女中が一枚のはがきを持て来た。彼は舌打して錨を引上げ、其はがきを受取った。裏をかえすと黒枠《くろわく》。誰かと思えば、綱島梁川君の訃《ふ》であった。
 彼は其はがきを持ったまゝ、井戸傍《いどのはな》を去って母屋の縁に腰かけた。

           *

 程明道《ていめいどう》の句に「道通天地有形外」と云うのがある。梁川君の様な有象《うしょう》から無象に通う其「道」を不断に歩いて居る人は、過去現在未来と三生を貫通して常住して居るので、死は単に此生態から彼生態に移ったと云うに過ぎぬ。斯く思うものゝ、死は矢張|哀《かな》しい而して恐ろしい事実である。
 彼は梁川君と此生に於て唯一回相見た。其は此春の四月十六日であった。梁川
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