も、十九|軒《けん》の八幡山でも、各自に自家《うち》の祭をせねば気が済《す》まぬ。祭となれば、何様な家でも、強飯《おこわ》を蒸《ふか》す、煮染《にしめ》をこさえる、饂飩《うどん》をうつ、甘酒《あまざけ》を作って、他村の親類縁者を招く。東京に縁づいた娘も、子を抱き亭主や縁者を連れて来る。今日は此方のお神楽《かぐら》で、平生《ふだん》は真白な鳥の糞《ふん》だらけの鎮守の宮も真黒《まっくろ》になる程人が寄って、安小間物屋、駄菓子屋、鮨屋《すしや》、おでん屋、水菓子屋などの店が立つ。神楽は村の能狂言《のうきょうげん》、神官が家元で、村の器用な若者等が神楽師《かぐらし》をする。無口で大兵の鉄さんが気軽に太鼓をうったり、気軽の亀さんが髪髯《かみひげ》蓬々《ぼうぼう》とした面をかぶって真面目に舞台に立ちはだかる。「あ、ありゃ亀さんだよ、まァ」と可笑《おか》しざかりのお島がくつ/\笑う。今日自家の祭酒に酔うた仁左衛門さんが、明日は隣字の芝居で、透綾《すきや》の羽織でも引被《ひっか》け、寸志の紙包《かみづつみ》を懐中して、芝居へ出かける。毎日近所で顔を合して居ながら、畑の畔《くろ》の立話にも、「今日は」
前へ 次へ
全684ページ中186ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング