とも、落葉木《らくようぼく》は皆|裸《はだか》で松の緑《みどり》は黄ばみ杉の緑は鳶色《とびいろ》に焦《こ》げて居ようとも、秩父《ちちぶ》颪《おろし》は寒かろうとも、雲雀が鳴いて居る。冴《さ》えかえる初春の空に白光《しろびか》りする羽たゝきして雲雀が鳴いて居る。春の驩喜《よろこび》は聞く人の心に涌《わ》いて来る。雲雀は麦の伶人《れいじん》である。雲雀の歌から武蔵野の春は立つのだ。

       三

 武蔵野に春は来た。暖い日は、甲州の山が雪ながらほのかに霞《かす》む。庭の梅の雪とこぼるゝ辺《あたり》に耳珍しくも藪鶯《やぶうぐいす》の初音が響く。然しまだ冴《さ》え返える日が多い。三月もまだ中々寒い月である。初午《はつうま》には輪番《りんばん》に稲荷講の馳走《ちそう》。各自《てんで》に米が五合に銭十五銭宛持寄って、飲んだり食ったり驩《かん》を尽すのだ。まだ/\と云うて居る内に、そろ/\畑《はた》の用が出て来る。落葉《おちば》掻《か》き寄せて、甘藷《さつま》や南瓜《とうなす》胡瓜《きゅうり》の温床《とこ》の仕度もせねばならぬ。馬鈴薯《じゃがいも》も植えねばならぬ。
 彼岸前《ひがんまえ》の
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