を軽々に滑《すべ》り脱《ぬ》ける木石人で無い、然しトルストイ[#「トルストイ」に傍線]は最後の一息を以ても其理想を実現すべく奔騰《ほんとう》する火の如き霊であると云う事が、墨黒《すみぐろ》の夜の空に火焔《かえん》の字をもて大書した様に読まるゝのです。獅子は久しく眼に見えぬ檻《おり》の中で獅子吼《ししく》をしたり、毬《まり》を弄《もてあそ》んだり、無聊《むりょう》に悶《もだ》えたりして居ましたが、最後に身を跳《おど》らして一躍《いちやく》檻外《らんがい》に飛び出で、万里の野に奔《はし》って自由の死を遂げました。惨《いた》ましく然も偉大なる死! 先生の死は、先生が最後の勝利でした。夫人、あなたは負けました。だからあなたの煩悶《はんもん》も、御家の沸騰《ふっとう》も起きたのです。但今は斯く思うものゝ、其当時私は思いました、先生は先生としても、何故あなたも令息令嬢達も黙って哀《かな》しんで居られることが出来なかったのでしょう乎。何故の彼《あの》諍論《そうろん》? 何故の彼喧嘩? 無論先生の出奔と死は、云わば爆裂弾《ばくれつだん》を投げたもので、あとの騒ぎが大きいのが自然であるし、また必要でもあ
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