んふさい》の前にならべた。葡萄液|一瓶《ひとびん》、「醗酵《はっこう》しない真の葡萄汁《ぶどうしる》です」と男が註を入れた。杏《あんず》の缶詰が二個。「此はお嬢様に」と婦人が取出《とりだ》したのは、十七八ずつも実《な》った丹波酸漿《たんばほおずき》が二本。いずれも紅《あか》いカラのまゝ虫一つ喰って居ない。「まあ見事《みごと》な」と主婦が歎美の声を放つ。「私の乳母《うば》が丹精《たんせい》して大事に大事に育てたのです」と婦人が誇《ほこ》り貌《が》に口を添えた。二つ三つ語を交《か》わす内に、男は信州、女は甲州の人で、共に耶蘇信者《やそしんじゃ》、外川先生の門弟、此度結婚して新生涯の門出に、此家の主人夫妻の生活ぶりを見に寄ったと云うことが分かった。畑の仕事でも明日《あした》は少し御手伝しましょうと男が云えば、台所の御手伝でもしましょうと女が云うた。
兎に角|飯《めし》を食うた。飯を食うとやがて男が「腹が痛い」と云い出した。「そう、余程痛みますか」と女が憂《うれ》わしそうにきく。「今日汽車の中で柿を食うた。あれが不好《いけな》かった」と男が云う。此大きな無遠慮な吾儘坊《わがままぼっ》ちゃんの
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