居ず、門にしまりもなかった。一家《いっか》総出《そうで》の時は、大戸を鎖《さ》して、ぬれ縁の柱に郵便箱をぶら下げ、
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○○行
夕方(若くは明午○)帰る
御用の御方は北隣《きたどなり》△△氏へ御申残しあれ
小包も同断
  月日  氏名
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 斯く張札《はりふだ》して置いた。稀には飼犬を縁先《えんさ》きの樫の木に繋《つな》いで置くこともあったが、多くは郵便箱に留守をさした。帰って見ると、郵便箱には郵便物の外、色々な名刺や鉛筆書きが入れてあったり、主人《しゅじん》が穿《は》きふるした薩摩下駄を物数寄《ものずき》にまだ真新《まあたら》しいのに穿きかえて行《い》く人なぞもあった。ノートを引きちぎって、斯様なものを書いたのもあった。
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君を尋ねて草鞋《わらぢ》で来れば
君は在《いま》さず唯犬ばかり
縁に腰かけ大きなあくび
中で時計が五時をうつ
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 明治四十一年の新嘗祭の日であった。東京から親類の子供が遊びに来たので、例の通り戸をしめ、郵便箱をぶら下げ、玉川に遊びに往った。子供等は玉川から電車で帰り、主人夫妻
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